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大連 旅順  満州国時代の建築

 日本統治時代の朝鮮、台湾そして満州国の建築を5回シリーズでブログしたいと思います。
第5回は満州国時代の大連と旅順です。
 
満州国時代の大連と旅順は、関東州(かんとうしゅう)の中心的都市として栄えました。関東州とは、ロシア帝国が清朝より租借していた領土が、1905年後日本に租借権が移行した地域で、日本はここで太平洋戦争終結まで、植民地経営をおこなっていました。


《 大連大広場 》
現:中山広場 設計:東清鉄道 竣工:1899年
大連の中心部にある中山広場は、ビスタを重視した直径213m円形広場です。10本の放射状道路が1点に集中しまた拡散していく壮大な都市計画によって整備されました。
広場の周囲には日本が関与した建築が7棟遺されています。
これらの建築をヤマトホテルから出発して時計まわりに紹介します。
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《 大連ヤマトホテル 》
現:大連賓館 設計:満鉄工務課建築係・小野木考治・太田毅 竣工:1914年
ヤマトホテルは、その都市で最も格式のあるホテルとして満州国各地にありました。
クラシック・スタイルで統一されたファサードは秀逸です、広場を挟んで反対側にある横浜正金銀行大連支店とともに、大広場の両雄として君臨しています。
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《 大連民生署 》
現:遼寧省対外貿易経済合作庁 設計:関東都督府民生部土木課・前田松韻 竣工:1908年
大広場に最初に建てられた建築です。ゴシック調のファサードはヨーロッパの民家のようです。
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《 朝鮮銀行大連支店 》
現:中国工商銀行 設計:中村與資平建築事務所 竣工:1920年
設計者の中村は、満州、朝鮮に数多くの銀行建築を遺しました。
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《 関東逓信局 》
現:大連市郵電局 設計:関東都督府民生部土木課・松室重光 竣工:1918年
入口廻りのファサードに注目です、日本的な要素が少しはいっています。
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《 横浜正金銀行大連支店 》
現:中国銀行大連分行 設計:妻木頼黄・太田毅 竣工:1909年
三つのバロック様式のドームがデザインの肝です。ライトアップが大変見栄えします。後に建てられた高層の中国銀行と一体となって建築の存在感をアッピールしています。
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《 東洋拓殖株式会社大連支店 》
現:交通銀行大連分行 設計:宗像主一建築事務所 竣工:1936年
設計者の宗像は中村與資平の弟子です。
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《 大連市役所 》
現:中国工商銀行大連市分行 設計:関東都督府営繕課松室重光 竣工:1920年
入口廻りに注目しましょう。柱に東洋建築ふうの梁が貫通しています、そしてそれとはあまり関連のない全体のファサードのデザイン、はじめて観ました。
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関東州を統括する関東総督府は当初瀋陽に置かれていました。1906年関東総督府が廃止され、旅順に移転・改組され関東都督府になりました。
 
《 関東都督府庁舎 》
現:使用されていません 設計:不詳 竣工:1903年
完全に閉鎖されています、人の気配がありません、朽ち果てようとしています。
願わくば他の「満州国時代の建築」と同じように、保存・活用していただきたいと切に思います。
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Tag:東アジア/東南アジア  Trackback:0 comment:0 

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