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エジプト建築の精華 ルクソールで都市遺跡を観た Egyptian Architecture of Luxor

エジプトの建築をひととおり観て楽しんできました。
エジプト建築の魅力や特徴などなどをブログしたいと思います。
 
第2回目は《 ルクソール Luxor 》都市遺跡です。
おおぜいの人々が生活する都市では、住むための住居、集まり楽しむための公共施設、神に祈るための宗教施設、死後の住まいであるお墓、そして道路や水道などの土木施設などなどが整備されて初めて都市として機能します。ルクソールにはこれらの都市施設が比較的よく遺されています。
 
ルクソールは、紀元前1600年ごろから始まる新王国の時代、それに続く紀元前1300年ごろから始まる新王朝の時代 〈 テーベ Thebes 〉 と呼ばれ古代エジプトで最も富裕な都市であり、政治的、宗教的、軍事的に中心をなす都市でした。
現在遺された遺跡はこの時代に建てられ、ナイル川を挟んで、東岸には 〈 生に関わる建築 〉 西岸には 〈 死に関わる建築 〉 が配置されました。
 
 
《 ナイル川 Nile River 》
古代エジプト語で大きな川という意味のナイル川は、ヴィクトリア湖よりさらに上流部を源としエジプトを南北に縦断するようにとうとうと流れ、カイロを経てアレキサンドリアから地中海に注いでいます。
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《 古代エジプト建築、理解のヒント:葬祭殿と神殿の違い 》
類型をごく単純化すれば、ビラミッドとはお墓そのものであり墓標です。ただしテーベの時代では、盗掘から墓を守るため地中深く埋葬されたので、地上に墓標のようなものはなにもありません。
葬祭殿とは、ファラオ(王)の葬儀や各種の儀礼を執り行うための建築です。日本の葬儀場でいえば屋根付きの葬儀や告別式を行うあの建物です。よって原則、祭主であるファラオの名前が名称となります。
神殿とは、神に捧げられた建築です、信仰の対象としてお参りするおやしろです。
日本の神社の名称は立地する地名に由来するものがほとんどですが、それとは異なり祀られた神の名前が名称となるのが原則です。
まとめるとビラミッド、葬祭殿は 〈 死に関わる建築 〉 それに対して神殿は 〈 生に関わる建築 〉ともいえるでしょう。
 
 
《 デール・イル・マディーナ Deir el Medina 》
王家の谷を建設した労働者たちの住居が拡がっています。
現在遺されているのはここだけですが当時は各地にあったのでしょう。
遺跡を造った人々に敬意を表して最初にブログしました。
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《 カルナック神殿  Temple of Karnak 》
ナイル川東岸に遺されたカルナック神殿とは、歴代ファラオが寄進しづけた神殿群の総称です。
中でもテーベの守護神アムンに奉げられた 〈 アムン神殿  Temple of Amun-Ra 〉 はカルナック神殿の中心をなす神殿でかつエジプトで最大規模を誇る神殿です。
列柱室が最大の見せ場です。
水辺や湿地などに生える水生植物のパピルスをモチーフにした柱が130本以上並んでいます。気持ちは、パピルスの群生の中に迷い込んだのかと思えるほどです。
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《 ルクソール神殿  Luxor Temple 》
アムン神殿の副神殿として建設されました、よってスフィンクスが両脇に並ぶ参道で結ばれていました。
神殿の入口となる第一塔門には、1対のラメセス2世の坐像とオベリスクが置かれています。
パリのコンコルド広場にあるオベリスクはここから運ばれたかたわれです。
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《 ハトシェプスト女王葬祭殿  Temple of Hatshepsut 》
ナイル川西岸にある遺跡を観ましょう。
古代エジプトのファラオのなかで唯一女性であったハトシェプストのための葬祭殿です。
1997年、日本人を含む60人を超える人が犠牲になったテロ事件の現場です。さらに政治的要因などが重なり永らく観光業は不振が続いていましたが、ここにきて2019年は観光客数が1300万人を超え過去最高に達するなど、急速な回復を遂げていると報道されています。
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《 ラメセウム(ラメス2世葬祭殿 Ramessum (Temple of Ramess Ⅱ)》
ラメセス2世は、アブ・シンベル神殿など数多くの建築の祭主を務め 〈 建設王 〉 と言われています。
列柱室入口にはそのラメセス2世の像が4体並んでいます。
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《 ラメセス3世葬祭殿  Medinet Habu 》
ラメセス3世は、古代エジプトで権威をもった最後のファラオと言われています。
戦争の場面を描いた保存状態がよいレリーフ(壁画)やヒエログリフ(神聖文字)が遺されています。
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《 セティ1世葬祭殿  Temple of Seti Ⅰ 》
至聖所の部分が遺されています、アビドスにもセティ1世葬祭殿があります。
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《 メムノンの巨像 Colossi of Memnon 》
一対の巨像はファラオ・アメンホテプ3世の像です、背後にはファラオ自身の葬祭殿がありました、のちに他の葬祭殿の石材調達ため破壊されました。
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《 王家の谷  Valley of the Kings 》
荒涼とした岩山が拡がっています。24の王墓を含む64の墓が発見されている集合墓地です。
カイロにあるエジプト考古学博物館に収容されている 〈 ツタンカーメンの黄金のマスク 〉 は、この王家の谷で出土しました。
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《 王妃の谷  Valley of the Queens 》
王家の谷はファラオの集合墓地です、それに対して王妃の谷は、ファラオの妻(王妃)と子供たち(王子、王女)が眠っている集合墓地です。
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《 貴族の墓 Tombs of the Nobles 》
高貴な方々のお墓が800個所以上確認されています。
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Tag:ヨーロッパ/アフリカ  Trackback:0 comment:0 

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