ヨルダン ペトラに観る古代都市遺跡 その1   Petra JORDAN

ヨルダンの古代都市遺跡を巡り歩いてきました。

ヨルダンに在るからといって、ヨルダン様式の都市遺跡とは限りません。現存する大部分の建造物は、建設された時代を統治していた国の特徴を色濃く反映しています。

豊かな都市生活を送るためには充実した都市施設が必要不可欠です。

古代都市でも現代都市でも普遍の原理です。
都市施設とは、都市活動や良好な都市環境を維持するための施設です。
例えば、歩行者用通路を含む道路。広場、緑地、墓苑などの公共空地。上・下水道。治水施設。マーケット。学校、図書館などの教育文化施設 。病院などの医療福祉施設などなどです。
さらに付け加えるならば、神殿などの宗教施設と悪所でしょうか。
都市施設のみごたえという観点からヨルダンの古代都市遺跡を観ると、アンマン(Amman)の都市遺跡は、現在の市街地に呑み込まれています、よって全体像がみえてきません。ジェラシュ(Jerash)は、都市施設が織りなす空間構成は素晴らしいのですが、保存方法に難があります。ウム・アル=ラサス(Um er-Rasas)は、世界遺産に登録されている都市遺跡です、しかし観るに値する都市施設がほとんど保存されていないのが残念です。
この意味でペトラ(Petra)はパーフェクトでかつエクセレントです。
都市遺跡が位置するロケーションの素晴らしさ、保存状態が比較的良い都市施設群の充実度。なかを散策していると当時の暮らしぶりが目に浮かび、同じ時代に居るような気持になります。


ペトラは、紀元前よりアラビア系遊牧民のナバテア王国の首都として、また通商の中継地とし繁栄していました。2世紀にはローマ帝国に征服されました、その後もおおいに繁栄しましたが、8世紀この地方をおそった大地震により都市は放棄され廃墟となったと言われています。
現存するローマンスタイルの都市遺跡はほとんどこの時代のものです。
ペトラを2回に分けてブログします。最初は、導入部と中心部の都市遺跡をブログします。


ペトラの都市遺跡へのアプローチは、劇的で意外性がありおおいに楽しませてくれます。
シークと呼ばれる岩の裂け目にできた峡谷の底を歩くような通路を20分ほど進むと、エル・カズネ(宝物殿、実際の用途は墳墓)が突然目の前に現れます。
まずは衝撃的な洗礼を持って迎え入れられたのです。

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都市の中心に向って少し歩くと、ローマ帝国時代の都市遺跡には、必ずある円形劇場が見えてきます。敷地の斜面をうまく利用していますが、そそり立つ岩は迫力あり過ぎです。
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コロネイド・ストリートは、ペトラの中心部にあるメインストリートです。
凱旋門をくぐり、円柱が並ぶ通りに出ると、神殿、宮殿、教会、マーケット、公衆浴場などなどが軒を連ねています。石畳みや階段、列柱などが創る豊かな外部空間の中に居ると、当時の繁華な雰囲気が容易に想像でき、人々のざわめきまで聞こえてくるようです。

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ナバテア人の神殿であったカスール・アル・ビントは、凱旋門の近くに位置しています。
何度かの地震により内部は、ほぼ崩壊しています。ローマ建築ではあまりみない、上部の迫り出しを特徴とする外壁がかろうじて形を保っています。

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Tag:中央アジア/西アジア  Trackback:0 comment:0 

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